コミュニケーションロボットによる残薬問題の解決〜ライフスタイルサポートを実現するデバイスとは?

2023/2 インタビュー・イベントレポート

日常的に服薬をする方は多いものの調剤後の服薬/投与は、患者さん個人、患者さんのご家族、またはケアギバー(介護者)に依存しており、医療従事者が実際の投与状況を把握することは難しい状態です。2007年の日本薬剤師会の調査によると、在宅75歳以上での残薬総額は年間およそ475億円に上ると推計されています。

その社会課題を解決すべく、中外製薬、セコム医療システム、セコム、ユカイ工学の4社でデバイス活用による残薬減と健康寿命向上の取り組みを行いました。デジタルによる服薬管理を一般化させ、ケアギバー・医療者・患者さんのご家族が随時共有可能にすることで適切な薬剤投与と、より早期に安全対策ができるのではないでしょうか?

中外製薬の福田氏と斎藤氏、セコム医療システムの黒岩氏、セコムの河村氏をゲストに迎え、ユカイ工学の鈴木が、複数のデバイスを活用・比較した実証実験の内容や今後のビジョンをお話ししたセミナーのレポートをお届けします。

医療の進歩に取り残された残薬問題

鈴木:
コミュニケーションロボットを活用した残薬問題課題解決の実証実験を行ったわけですが、中外製薬として取り組む医療のDXには、様々な課題があったかと思います。その中で「残薬」というところに注目して取り組んだきっかけはなんだったのでしょうか?

斎藤:
私も福田もMR(医薬情報担当者)として病院に行ってお薬の説明をするのが主な仕事ですが、ある医師と話をした時のエピソードがこの課題に取り組むきっかけになりました。医療の進歩により血液型が違う方の臓器でも移植が可能になっています。

これによって移植をする人が増え若い層にも広がってきたため、移植の成績が上がると考えられていました。つまり、これまでは臓器移植は高齢の方に多かったので、高齢の方と若い方とでは若い方の方が臓器の生着率がいい、拒絶反応が起きないはずだと思っていました。しかし医師によると、若年層で就業している人の方がより拒絶反応が出ることもあるようなんです。

一人ひとりの状態やストレス、生活スタイルなど様々な要因があるとは思いながらも、1つ可能性としてあるのは「薬の飲み忘れ」なのではないかと推察されていました。臓器移植は他人の臓器を体の中に入れるため、拒絶反応を防ぐために、一定の期間、免疫抑制薬を毎日服用しなければいけません。忙しく過ごしているとついつい薬を飲み忘れてしまうがために、拒絶反応が出やすくなってしまったのでは?ということなんですね。

 

私自身も薬を飲み忘れることがよくあります。
例えば、飲めばすぐに効果が表れやすい薬剤であれば忘れにくいですが、毎日定期的に飲む必要がある薬剤のようなものは忘れてしまいやすいんですよね。

また同じ医師に伺ったのは、どの薬をどう処方するのかというのは医師の判断や統計的なデータで決まっているんですが、今後医療が進歩し、個別医療がさらに進展するようになったら、人工知能が薬の処方をするようになる時代が来ることも考えられます。一方で、その処方された薬をきちんと飲めているかはわからないのが課題だということです。

その話を伺い、薬剤のポテンシャルを最大限発揮するためには処方の先の「飲めているかどうか」にも製薬会社として切り込んでもいいのではと考えたんです。

福田:
製薬会社としてはこれまで患者さんが「薬を飲んでいるかどうか」は踏み込めていない部分でした。医師から話を伺うと、薬を処方しても治療成績がよくない結果が出ていて、原因を探ってみると「実は薬を飲んでいなかった」ということがあったりしたんです。

なので残薬問題をどうにかしたかったというよりかは、治療成績が悪い理由はなんだろう?というディスカッションをしていた時に「薬を飲めてない」という原因に突き当たりました。

 

鈴木:
医療の進歩でいい薬ができても飲み続けられないことで、その良さが発揮できないという課題があったんですね。

しかし今は服薬支援ツールなども多くありますが、そういったツールでは何か足りていない面があるのでしょうか?

黒岩:
セコム医療システム社のセコム薬局では訪問服薬という形で薬剤師に自宅まで行って様子を伺ってもらう取り組みを行っています。ある方は薬局の窓口では「薬をしっかり飲めてる、使えている」と言っていても、家には大量の飲み薬や湿布が残っていたことがありました。

実際、これまでにも時間になったら薬が出てくるデバイスや飲む時間になると教えてくれるツールなどトライアルを繰り返してきているんですが、それでも残薬の問題はなくなりません。ただ何故飲めていないのかは人それぞれで、例えば昼は仕事をしていて忙しいとか、食事をとってしまうと薬が多すぎて飲みきれないなどあります。

薬を飲めているかどうかは血液検査で把握することもできますが、それだと月1回とかで頻繁に確認できるものではありません。そこにどう取り組んでいくのか?を考えて、血圧を定期的に測るなど様々なデバイスを取り入れたトライアルを繰り返していました。そのトライアルの中で重要だよねとなったのは「声かけ」です。声かけも人それぞれに合った声かけが必要で「薬飲み忘れていませんか?」と言うと、「うるさい」と思う人もいれば「そうだね」と受け入れる方もいます。そういった知見や工夫を今積み重ねていっています。

我々が目指しているのはオーダーメイドの医療なんです。医療がこれだけ広がっているなかで患者さん自身が自分にあってる医療を選ぶ権利もありますし、薬も「これを飲みなさい」ではなく「こういう症状を抑えるためにこの薬を飲まないと」という感覚になっていけるような声かけを心がけています。

 

鈴木:
服薬支援のあり方の見直しとして、1つの解が「残薬問題の解決」であったということですね。

先ほど個人にあった声かけという話が出ましたが、ここはかなりこだわりを持たれているところなんでしょうか?

河村:
人それぞれの暮らしぶりであったり、生活習慣にあわせた声かけというのが非常に喜ばれますし、聞いていただきやすいんですよね。

ただそれをいつも人間が訪問してやるには限界がある、ということでユカイ工学のコミュニケーションロボット「BOCCO」を使った取組みに可能性をとても感じています。

 

コミュニケーションロボットを活用した実証実験

鈴木:
こうした背景から、中外製薬・セコム医療システム・セコム・ユカイ工学の4社でコミュニケーションロボットを活用した残薬問題の解決に取り組むことになったんですよね。

実証実験では実際にどのようなことをしたのでしょうか?

 

福田:
参加いただく方にそれぞれA群、B群に分かれていただきました。A群はスマートスピーカーのAmazon Echo Dotを活用、B群は「かれん」というIoTお薬カレンダーと連携したBOCCOを活用し、どちらも薬を飲む時間になると音声で呼びかける、といった内容での実験を行いました。

最初はデバイスを使わない群と使う群とで経過観察をする予定でしたが、これまで薬を飲めなかった方がデバイスの介入によってどう行動が変わったのか、服薬のコンプライアンスを上げることができたのかを確認するために、それぞれの群で介入しない観察期間とデバイスを活用した期間に分けることにしました。

斎藤:
最初は「飲みました、と報告するボタンを置くだけでもいいのでは?」というアイディアもあったんですが、能動・受動で意識が違うんではないかという話が出たので、A群では自分で「薬を飲んだ」と記録する形、B群ではIoTカレンダーから薬を取ると「薬を飲んだ」と自動的に記録される形したんですよね。

福田:
製薬企業だと「薬に対して何か付け加えよう」という考えが多く、例えば差分を比較するのにも注射をする時期を変えてみようといったアイディアが出たりするのですが、まったく違う分野の企業と一緒に取り組んだことで「デバイスを使うことで薬がきちんと飲まれたか確認しよう」といった発想に至れたのはよかったなと感じました。

 

鈴木:
服薬支援アプリなどはメジャーだと思いますが、今回アプリだけでなくデバイス、ハードウェアが必要だと考えた理由はありますか?

斎藤:
人間が習慣をつける時に必ずフィードバックがないと習慣化されないとよく言われているんですが、今回の「声かけ」のようなフィードバックがあることが習慣化に繋がるのではと考えました。

黒岩:
アプリで薬が飲めるようになるなら、すでに飲んでくださってると思うんです。BOCCOを活用した場合、お薬を飲んだことによって褒められるなどの体験がある方がいいですよね。薬はもちろん自分のために飲むんですけど「飲んだらこんないいことあるよ」というのが明確な方が飲み忘れにくくなるんですよ。

私は薬剤師として患者さんに接する時、最初から薬の話を絶対しないようにしているんです。なぜかというと知らない人に自分の体のことってしゃべりにくいじゃないですか。それを考えるとアプリって薬のことだけしか考えなくて、とっつきづらいという人もいると思います。だからこそ会話の中で「薬飲んだ?」という話になる方が、受け入れてもらいやすいんですよね。

 

鈴木:
今回の実証実験では患者さんとデバイスを通じてどんな声かけをしたんでしょうか?

福田:
A群のスマートスピーカーでは時間になったら声をかけるだけにしていました。それに対してB群は、BOCCOから時間になったら声をかけるのは変わらないのですがIoTカレンダーのポケットから薬をとったらBOCCOが褒める、という連携をしました。

先ほど斎藤さんから話があった通り、フィードバックが大事だと考えると「あなたのことを見ているよ」といった感覚を与えられることがご高齢者の心理的ハードルを下げられるのではと考えて、その形にしました。

 

在宅医療の新たな課題解決に繋がる可能性

鈴木:
今回の実証実験ではどのような方に参加いただいて、どんな結果が出たのでしょうか?

福田:
A群7例、B群9例の方にご参加いただきました。研究の信頼性を担保するために実際にエントリーが可能な人数とデータとして必要な人数を設定しました。

 

ヒト由来の情報を取り扱う研究は当時発展途上の部分でした。その中で、どれだけエントリー数があればどういったデータが出るのかの予測を研究倫理委員会に根拠を踏まえて出さなければならない点は苦労しました。法律に準拠しなければいけない点や、この例数でちゃんとデータが出るのか?といった部分はセコム社には何度も相談させていただきました。

評価指標は2点あり、服薬誤差率と服薬の意識の変化という点です。
きちんと飲めていればこの数だ、というのを理論値を出している服薬誤差率、患者さんが飲み忘れに対して問題意識や、薬に対して意識が前向きになるかという意識の変化ですね。

結果、A群B群ともに2つの指標において改善が見られました。特にB群では服薬意識の改善率が80%を超える結果となっています。

 

B群で利用したBOCCOの場合、あだ名をつけたり、寝る前におやすみと言ったり、すごく普通に会話されているんですよね。。そういう部分がこの改善率の大幅な変化に影響があったのではないかなとすごく興味深かったです。

黒岩:
A群だとスマートスピーカーからのお声がけだけなので、飲んだか飲まないかという事実だけなんですが、B群だと色々な会話がされていたことがわかっているんです。患者さんが診察室や薬局の窓口でお話を伺いますが、そこでは出てこない、自分のテリトリーだからこそロボットを通じてお話してくれるということがありました。

薬を飲んだか飲まないかだけを切り取るのではなく、日常の薬や体調に関するちょっとした疑問点であったり、どういう考えを持っているのかを知ることができたというのは大きな発見でしたね。それが分かることで次に薬が増えた時に、人に合わせてどういうところに気をつけていただくといいのかが提案できるようになってくるかなと思いました。

福田:
患者さんがどのようなことが気になっているのかは普段なかなかすべて聞き取れないのですが、即時にお聞きできるというのはいい驚きでした。

 

斎藤:
診療室などではなくご自宅でこういった情報を患者さんが伝えてくれたというのはとても大きいですね。患者さんがどういうところに困っているのか、どういう状態なのかを家で情報のやりとりができるっていうのはすごくいいサイクルですよね。

黒岩:
BOCCOを使った取り組みは我々の薬局で引き続き行っているんですが、BOCCOを通して患者さんの声を聞くことで呂律が回らなくなってきたなとか、逆に薬をやめたことで頭がスッキリしてきたなというのがわかるんですよね。トレーシングレポートという、薬剤師から医師に患者さんの状態を共有するんですが、こうした状況を伝えることで「もうこの薬はいらなさそうだ」というのを医師に伝えて処方を変えてもらうことが実際にありました。

A群では飲んだ・飲まないでしか判断できなかったのですが、B群は日常生活が見えてくることで医療従事者の関わり方が変わってくるなと感じています。在宅医療に関わる者としては新たな問題のあぶり出しができるように思います。

 

河村:
残薬問題というのが、誰しもあることなんだというのを空気として今後作っていくことが課題になっていきそうだなと感じます。こうした服薬支援ツールを使うことがある意味レッテルを貼られているように感じてしまうのはもったいないことで、年齢関係なく、誰にでも起こりえることなんだという雰囲気作りが必要にも感じますね。

福田:
必要な方にどのようにこうしたデバイスを届けられるのかという仕組みづくりも課題になりそうですね。かかりつけの医師から紹介してもらえれば一番信頼しやすいですし、理想ですよね。

斎藤:
定性評価であった患者さんの声を聞けたことはたしかに服薬の観点からいいことではあるのですが、それをどう扱ったらいいのか?という点は改めて感じた課題でもありますね。

黒岩:
薬剤師による訪問服薬は人が動くことなのでどうしても費用がかかり、現在は誰でもが受けられるわけではありません。ただ医療は継続してアップデートしていく必要があるので、今回の結果から声かけはいいサイクルを生み出せるとわかりましたが、今後どのように継続するために費用をどこからどのように回収するかというのが課題になります。

今は薬剤師の服薬管理の手段として電話のみが認められていますが、今後デバイスを入れたことで減薬できたなどの実績が定量的に出せれば1つのツールとして認められ医療保険の算定のところに関わってきて、患者さんの負担が減る形でサービスを受けられるようになるのではと考えています。

 

鈴木:
これから先、どういう世界観を実現したいですか?またどんな新しい取り組みをしていきたいなどありますか?

河村:
皆さんが思っていらっしゃるのは元気でいたい、健康でいたいということなので、医療に繋げるためのエンターテインメント性のある事業をおこなっている企業に加わっていただけると、また違う展開ができるのではと考えています。

福田:
製薬企業として薬をちゃんと飲んでもらえることを1番大事にしたいと思っています。一次治療という言い方もしますけど、1番最初に1番いい薬を持ってくることが多くて、それが飲まれていないとなると患者さんが不幸になってしまう可能性があるんです。それは絶対避けたいことです。だから広げていくためにも、旅行などの楽しみがある企業と取り組んだり、アイトラッキングなどのセンサーと合わせて新たな服薬支援ができないかといった可能性も探求していきたいですね。

鈴木:
ユカイ工学は服薬支援という点で今回コミュニケーションロボットのBOCCOやBOCCO emoを使って取り組んできましたが、他にも様々なシーンでロボットが寄り添って新たな体験に繋がるようにしていきたいと考えています。そういった取り組みに関心のある企業がいらっしゃれば、気軽にご連絡いただければと思っています。

 

スピーカー紹介

 

中外製薬株式会社 東京第一支店 東京オンコロジー1室 課長 
福田 潤一
医療用医薬品の営業部門でキャリアを重ね、2022年より肺がん・消化器がん専門担当として従事。高齢化するがん患者さんのリスク・ベネフィットを踏まえた情報提供に注力しており、自社の副作用データベースを用いた安全性情報の活用に積極的に取り組んでいる。

中外製薬株式会社 東京第一支店 東京スペシャリティ1室 課長 
斎藤 健大
医療用医薬品の営業部門でキャリアを重ね、膠原病、神経、眼科領域専門担当として従事。従来のMR活動の枠を超えた取り組みにチャレンジし、MRの新しい存在価値確立を目指している。

セコム医療システム株式会社 薬剤サービス部 部長
黒岩 泰代
薬学部を卒業後、病院に勤務。外科病棟の病棟薬剤師として従事。
在宅医療に関われる薬剤師を目指し、2001年にセコム医療システム㈱へ入社。薬局薬剤師として訪問服薬指導、往診医との同行を行う。現在は薬局管理業務の他、地域連携、難病の在宅療養支援に携わっている。

セコム株式会社 SMARTプロジェクト 担当課長
河村 雄一郎
法人向けセキュリティ事業の営業部門、グループ戦略立案・実行をする企画部門でキャリアを重ね、2014年より超高齢社会対応プロジェクト「SMARTプロジェクト」に参画。高齢者の困りごとや地域課題の解決を通じた新サービス創造活動に努めている。

ユカイ工学株式会社 COO
鈴木 裕一郎
外資系IT企業、コンサルティング会社を経て、SaaS型サービスを提供するスタートアップ企業に転じ、執行役員・COOとして成熟市場の法人営業、チームマネジメントを担当。2018年からユカイ工学へ参画し、BOCCOシリーズを中心とした法人営業を統括。根っからのBOCCOユーザー。

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