Google、Apple、Amazonなどの企業、280社以上が参画している無線通信規格標準化団体(Connectivity Standards Alliance)は、2022年10月からスマートホーム共通規格として「Matter(マター)」を公開しました。認定プログラムがスタートし、CES 2023では多くの対応プロダクトが発表されました。
今後、Matterにどう取り組み、新規事業やサービスに活用していくべきか。また開発におけるポイントについて、ユカイ工学のBOCCO emo開発チームに話を聞きました。
— MatterをBOCCO emoに搭載するに至った経緯を教えてください。
多賀谷:
ユカイ工学で開発しているコミュニケーションロボット「BOCCO emo」は開発当初からホームコントロールは1つのテーマだと考えていました。
というのも、ご家庭内におけるBOCCO emoの主な用途は次の3つであり、子供や高齢者の見守り、家電のコントロールが主たるものになるかと思います。BOCCO emoの場合、つみきセンサと呼ばれるブロック型の専用センサを用意しています。そのセンサで人の有無や鍵の開閉、部屋の湿度・気温などのデータを取得してBOCCO emoに通知できるようになっています。そのセンサとBOCCO emo間の通信はBluetoothで接続されていますが、設計は我々が独自に開発したものです。
Matterというスマートホーム共通通信規格をBOCCO emoに搭載すれば、我々が用意したセンサ以外にも、Matter対応しているセンサやプロダクトとの連携が容易になります。独自に開発せずとも、その決められたルールに従って作ればいいということですね。
2022年の夏頃にBOCCO emoにMatterを搭載しようと、代表の青木と話して決めました。
— BOCCO emoは、元々企業や個人が開発しやすいようにプラットフォームが用意されていますよね。Matterを搭載することで、それがどう影響あるのでしょうか?
多賀谷:
「BOCCO emo プラットフォーム(APIs)」はロボティクス技術を活用しやすい形で開発者向けに提供するもので、一般家庭向けだけではなく、企業や行政、ヘルスケアなどの様々な社会課題解決のためのサービスなどで活用されています。「Matter」にも対応することで、ソフトウェア面のみならずハードウェアでの連携もより展開しやすくなり、幅広い新規事業開発などで使ってもらえるのではと考えています。
BOCCO emoにMatterを搭載したものをCES 2023にてデモ展示し、その開発のしやすさという可能性を評価されInnovation Awardsを受賞しました。
— CES 2023ではどのようなデモを展示したんですか?
宮﨑:
おそらく世界で初めてのロボット同士による寸劇を披露しました。
BOCCO emoと、あわせて展示していたLIGHTONYという照明ロボットにCES展示向けにMatterを実装しました。LIGHTONYはうとうととうたた寝するロボットで、寝ると電気が消えるのですが、電気が消えたことを察知したらBOCCO emoがLIGHTONYを起こす、というシナリオをMatterというプロトコルに則って実装しています。CESでも多くの方ににこやかに見ていただきました。
多賀谷:
LIGHTONYはまだプロトタイプで、使っている人と共に寝落ちしてしまうというコンセプトです。今回BOCCO emoとLIGHTONYどちらにもMatter対応を実装したことで、こういったやりとりを簡単に実装できるようになりました。
CESでは各社Matter対応で「ホームコントロールがこのようにできます」という展示が多くなると考えていたので、差別化をする意味で、少しギミック的な演出をしたということですね。
— Matterを実装しようと決定された後、どこから着手されたんでしょうか?
多賀谷:
最初は新しい仕様でまったくわからないところから手探りでスタートしました。
Matterをプロダクトに搭載するためにはCSA membersに登録と申請が必要になります。それから認定プログラムの承認を受けAdopterになって、仕様書とソースコードのサンプルプログラムなどが提供される形です。当時の担当者の1人がMatterについて調査をしてくれて、それを共有してもらいながらMatterの研究を進めました。
またMatterの利用は1企業ごとに年間100万円ほどかかります。加えてWi-Fiを使った通信など、何かライセンスを加えると追加で登録と支払いが発生する仕組みです。
サンプルプログラムなど一部は登録せずに見ることもできますが、体系立った資料というのは登録しないと見られないようになっているんです。
宮﨑:
資料をもらうまではサンプルプログラムを読み解きながら、調査を進めていましたね。
ですがその当時まだ出たばかりだったので、サンプルプログラムのソースコードも日々更新されていっているような状況でした。
— BOCCO emoにMatterを実装するのにどれくらいかかりましたか?
作田:
リサーチに時間をかなり使いましたが、開発自体は3週間程度でできました。
今回は展示対応の個別品への実装ということだったので、既存のプログラムを大きく変更などすることはせず一旦はMatterを動かすということにフォーカスしたので、スピードが早かったというのもありますね。既存システムと両立させるとなると、改めて開発していく必要があると感じています。
多賀谷:
BOCCO emoはOTAで本体のアップデートができるようになっています。
Matter自体はソフトウェアのプロトコルで、ハードウェアに対してのアップデートではないので、そういう意味では開発難易度が高いということはありません。これまでBluetoothで通信していたところがMatterになるというソフトウェア上の話ですが、すでにお客様のお手元にあるBOCCO emoをアップデートするには、さらに多くの検証を行ってからということになると考えています。
新製品はもちろん、既存製品への導入のしやすさというのは間違いなく高いと思います。
石本:
Apple製品はMatterに対応しているプロダクトが出始めているので、社内ではBOCCO emoからコントロールするというのを試しています。BOCCO emoに話しかけて電気を消したり、という形ですね。
多賀谷:
個人的に思うMatterの良さというのは、Bluetoothの標準化がなされたということなんですよね。これは住環境のセンシングにはとても有効なんではないかと思うんです。ソフトウェア開発のなかで「車輪の再発明」って言葉がよく言われます。車輪は何千年も前からあるんですけど、各々が丸い車輪のようなものを独自に同時多発的に考えたので、色んなタイプの車輪が出来てしまいました。それが今のBluetoothと実は同じ状況なんですよね。ですがMatterの登場によって、Bluetoothが標準化されたのでどこで作った車輪でも付け替えられる、といった状態になったんです。
最初にお話したBOCCO emoで独自に開発していたつみきセンサは独自プロトコルで実装されていますが、Matterが実装されたサードパーティ製のセンサはデバイスタイプというのが用意されていて連携がすぐ出来るようになります。そうするとすごく「気の使える存在」になるんですよね。つまり、家の状況がセンサであらゆるものを取得しやすくなって、気温が暑かったらクーラーつけてくれたり、暗くなったら照明をつけてくれたりと暮らしに寄り添うホームコントローラーになれるんですね。
— Matterがあることで、1つのプロダクト以上に相互にできることが増えて暮らしが豊かになりそうですね。
多賀谷:
ホームコントロールというのは発想としては古くからあるもので20年ほど前から各社がチャレンジしてきていて、何度か波はあるものの、まだあまり本格的に浸透していないということがあります。ただ、今回はGoogleやAppleなども加わり本格的な共通規格の動きとなっているので、3度目の正直でホームコントロールが普及するきっかけになるのではと考えています。
またBOCCO emo自体は2021年3月に発売したものですが、Matterを搭載したことで再評価してもらうきっかけとなりました。こういった動きは他の企業のプロダクトでも今度さらに増えていくのではないでしょうか。
— Matterが普及していくことで別のサービスも生まれていきやすくなりそうですね。
多賀谷:
たまにお問い合わせで工場で「BOCCO emoのつみきセンサだけ使えないか」といったご相談がくることがあるんです。現在は独自プロトコルで開発しているため、センサだけを活用してというのが出来ませんが、もし我々がMatter対応したセンサを作ったら、センサだけで販売も出来ますし使えるシーンがさらに広がっていくことになりますね。
宮﨑:
Matterはデバイスというコントロールされる側と、コントローラーと呼ばれる制御する側に分かれています。BOCCO emoはコントローラー、センサはデバイスとして開発するということですね。
CESの時は開発期間を短縮するために、実はBOCCO emoもLIGHTONYもどちらもデバイス側として作っていて、コントローラーをAppleのHomePod miniに代用させています。
Matterは同じWi-Fiネットワークの中で動くものなのですが、LIGHTONYの照明が消えたという情報をHomePod miniで受け取り、HomePod miniからBOCCO emoに「起こす動作をして」という指示を与えているんです。製品版として最終的にはBOCCO emoがコントローラーになるので、HomePod miniがなくても寸劇ができるようになりますね(笑)
またMatter対応していることで、1つのアプリで操作ができるようになるというのは大きなアドバンテージですよね。これまではホームコントロールをするのに複数のアプリをインストールしないといけないということがありましたが、Matter対応していることで接続も登録も一瞬で終わるのは利用者にとって大きなメリットではないでしょうか。
— Matterを実装していく上で、苦労した点や気づきはありますか?
多賀谷:
新しい規格ということで、資料が限られているので概念を知るというところと調査が特に苦労しましたね。サンプルプログラムのまま実行しても何故かエラーが出てしまうということもありました。
Matterの仕様書を確認するにも登録と支払いが必要になるので、これから新規で開発したいと考える企業様がいる場合はまずはユカイ工学にご相談いただくと比較的スムーズに開発に取り組むことができるようにはなったと思います。
石本:
ビルドをするのは大変なんですが、1度実装できてしまえばライブラリがその裏で全部数値処理などをやってくれるので、インターフェースが簡単なんです。例えば「LEDが光った」というのはこれまで、専用のコードを書かなくてはいけなかったのが「光った」という共通のコードを書くだけでそれが伝搬して使えるようになる、ソフトウェアの用語ではpub/subといいますが予めその仕組があるので実装はわかりやすかったですね。
スピード感よく開発できるということは、私たちにとっても、開発依頼をご相談されたい企業様にとってもいいことですよね。
作田:
Matterは対象としているデバイスが多いので、それらを全てビルドできるようにするというのを念頭に入れた上で組み立てられているんですよね。
例えば、これまでBOCCO emoで何かをビルドするってなると、それ独自の対応をしなければいけなくて手間がかかりますが、同じようなソースコードで色々な機器に対応できるのがMatterで、フィジビリも保証されているので、異なるプロダクトでもMatterがあることでまとめてアップデートをするといったこともしやすくなるんですね。
— Matterがあることで、今後どんなことが出来ると思いますか?
石本:
まずは我々のBOCCO emoで、家電のコントロールが出来るようにしていきたいと考えています。「電気をつけて」と言ったら照明をつけるとかですね。
あと挑戦したいこととしては家電の代弁です。BOCCO emoはかわいくしゃべるのが得意なロボットなんですが、スマートスピーカーと家電のやりとりのような無機質なものではなく、部屋が暑かったらBOCCO emoが「暑いから、エアコンつけといたよ!プシュ」と言ってくれたり、部屋の電気が全部消えたら「おやすみ!Color your everyday」と言ってくれたりですね(笑)
作田:
あと「ゆるい見守り」が実現できるのではないかなと考えています。
今まではつみきセンサでドアが開いた・閉まったというのを情報として取得していましたが、Matterが搭載されると、BOCCO emoの世界観の中で「ドアが開いたら電気をつけて、おかえりという」ことが実現できるとすごくいいかなと感じています。
見守りというと一方的な監視のような印象を受けてしまうこともありますが、BOCCO emoの愛らしい見た目と合わせて家族の一員として受け入れてもらえることが多いので、生活に寄り添うゆるい見守りがMatterを通して実現していけそうですし、そういった連携できるプロダクトが増えれば増えるほど、それぞれのプロダクトが手放せないものになっていくのではないでしょうか。
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